半年間引きこもり

カナダ、フィリピンから帰ってきて

大工の専門校に行く前までの間、

家で引き籠ってゲーム三昧の日々を過ごしていた。

 

別に誰かに強制されたわけでもなく

両親もさすがに何も言わなかった。

 

ただ、そうやって引きも籠っていると

なにやら人恋しい気持ちが生まれてきた。

 

だから今でも人に会えただけで何やら

顔が勝手に笑顔になる。

 

もちろん、他の理由として、

外国は笑顔(スマイル)をとても大事にしていて

それに影響されたこともある。

 

外国では人と会ったら

スマイルを浮かべるのが当たり前で

それが”私は敵じゃないのよ”という

合図という意味もあるらしい。

 

また、日本にもそういう伝統があって

女今川 という江戸時代の女性の教育の本に

「人が来る時、我不機嫌に任せ、怒りをうつし無礼の事」

とあります。

 

これは

自分が機嫌が悪くても、人が来た時に

その機嫌の悪さを表すのは相手に失礼ですよ

という意味。

 

もちろん、女今川という女性の教育向けの本の話ではありますが

だからと言って、男だから不機嫌のままで良いかと言えば

そうは思えない。

 

ということも前からしてちたこともあって

また、引きこもりで他人さみしくなったこともあり

自然と笑顔が出るようになっていました。

 

さて、とはいうものの

無職で何もする気が無いままで

そろそろ何かして

前に進まないといけない。

 

そう考えていた時に、叔父が大工で、

子供の時に我が家を建ててくれた記憶がよみがえった。

 

他に花づくりの勉強に造園の勉強をしたいな

とか

前から関心のあった理学療法士にでもなろうか?

とか考えもした。

 

けれど、建築が一番面白そうだったので

まずは職業訓練校に行って

建築大工を勉強することにした。

 

というのが、カナダ、フィリピンから帰ってきてからの出来事。

ちょっと端折りすぎたので書いてみました。

 

大工の学校では

森寿尋という先生が教えて下さいました。

ブログ用

先生は既に60歳を過ぎて定年した後でしたが

再雇用なのか嘱託なのか、学校で指導していた。

 

どういう経過で大工技術を持っているかというと

昔、丁稚で大工修行をして、その後は

建築会社に就職し働いていたけど

県職にお誘いがあって転職したらしい。

 

以後40数年教えていたらしく、教え子がかなりいるらしい。

 

当然、年齢からいっても長い年数なので

中にはとっくに工務店の社長になって

会社を経営している方もおられるとのことでした。

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※先生の自宅でみんなで実習中↑

 

このご自宅の増築中には結構

先生のお嬢さんにお茶菓子を差し入れして頂き

嬉しかったなぁ^^

 

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後から考えてもこの1年は輝いていたな。

本当に楽しかった。

 

ついでにこの期間に

取れる資格は全てとっておこうと決めていた。

 

というのは、もう誰かの下で働くのが嫌で

今度は絶対に自分が独立して開業すると決めていた。

 

だけどそれだけに、最後には自分だけが頼り。

 

工事が間に合わなかったり

トラブルがあった時には

責任者が何とあしなければいけない。

 

徹夜作業で作業員がつかまらない

という状況でも自分ができれば何とかなる。

 

下請けに手抜き工事をされても

「嫌ならやらんでいいわ!

後は俺がやるからいい!その代わり金も払わんで!」

という位の事は言えないといけないと思った。

 

だから、

・大型特殊免許

・フォークリフト

・クレーンデリック運転士(クレーン限定)

・移動式クレーン運転士

・アーク溶接

・ガス溶接

・バックホウの運転講習

※正確には、車両系建設機械(整地・運搬・積み込み用及び掘削用)運転技能講習修了

などの資格を取っておいた。

 

資格さえあれば良いってものでもないけど

逆に、どんなに腕が善くても

資格が無ければダメってこともある。

 

当然、職業訓練校に通いながら

これだけ資格を取る人は私だけでした。

 

他の方は、雇用保険を貰いながら

もうちょっと伸び伸びやっていたと思う。

 

そして、最後の締めくくりに

・二級大工技能士

の資格を取った。

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これで大工の勉強も一区切り。

やるだけやって成果も出せたので満足!

 

つづく

 

 

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