大阪の建築士の学校~伊那の春

技術専門校を修了した後、

大阪の専門学校に入校して若い子たちと机を並べて

勉強することになった。

DSCF2373

若い子たちは、気楽に勉強して

アルバイトして、遅刻して

彼氏彼女を作って気楽な学生生活(だっとと思う)。

 

けれどこっちは、

公務員を辞めて人生の再スタートの為の

即戦力になりうる実力を蓄えなければならない。

 

自然と意気込みも変わってくる。

 

しかも、人生経験に加え、私は消防学校で

筋肉隆々の救助科の生徒を指導した経験があるので

何を喋っても説得力が桁外れに違う。

 

ホントに桁外れに違った。

 

隣の席の子には

長野県民は県民性が理屈っぽい

と揶揄されたがこっちはそれどころじゃない。

 

2級建築士の受験資格は、

専門学校卒業後に初めて発生し

在学中は受験することもできない。

 

しかし、卒業したら当然どこかで働いている訳で

勉強時間が取れる可能性はかなり低い。

 

ということは、卒業した後に働きながらでも余裕で

2級建築士試験に合格できる実力を持っておきたかった。

 

もちろん、2級建築士だけでは就職に不足。

 

こっちの目的は独立開業ではあるものの

何の経験も無くいきなり独立するほど

世間は甘くない。

 

だからこの時点での私の考えでは

卒業後、4~6年程度はどこかの会社で働いて

やり方を全て盗んでから独立しよう!

というものだった。

 

だから、とりあえずどこかの会社に履歴書を送った時に

興味を持ってもらえるだけのものを持っておきたかった。

 

そこで

・宅地建物取引主任

・インテリアコーディネーター

・2級エクステリアプランナー

・2級リビングスタイリスト

・福祉住環境コーディネーター2級

・健康住宅アドヴァイザー

・建築CAD検定3級

・2級ワープロ技士

・3級表計算士

の資格を取ってみた。

 

建築の事は勉強中で、さらに

私には救急隊員としての知識もあるので

福祉住環境コーディネーター2級の資格も

無事に取ることができた。

 

また、ワープロ技士や表計算士は

実際に現役で事務に使っていたスキルなので

何の問題も無かった。

 

宅地建物取引主任者も役場で

開発区域や都市計画など

聞き馴れた単語ばかりの内容だったので

50門中42点で合格できた。

 

※普通は50門中33~34点が合格ラインらしい。

 

何せ、こっちはいい歳して

年老いた両親を田舎に残し

背水の陣で勉強しているので勢いが違う!

外観2

 

↑私は木造住宅を目標としていて

鉄骨住宅にはあまり興味はなかったのですが、

せっかくの機会なので鉄骨住宅も勉強してみた。

 

まぁ、これくらいやったので、

そろそろ机の上の勉強にも満足してきたので

どこかの会社に就職しようと思った。

 

そうして探したら伊那インター近くのに

有限会社 あーすほーむ

という不動産系の住宅会社が事務員を募集していたの見つけた。

 

まぁ、まだ2級建築士もまだとってないし、

ギリギリ家から通える範囲だからいいか?

と思って入ってみた。

 

ところが入社してみると肩書が”営業”。

 

???

 

おかしいな、と思いながら社長の命令通りに

頑張って働いてみた。

 

しかし、働いているうちにどうもここは結構ブラックな会社で、

それで職員の入れ替わりが激しいことが判明。

 

どうもお客さんが社長の悪口を言って

「あの女に騙された!」

という評判を耳にするはずだ・・・と思った。

 

毎日7時前には家を出て

自動車で1時間少々かけて通い、

夜は6時を過ぎると”追客”という迷惑電話をさせられ

帰ると12時頃。

 

しかも、会社で管理しているアパートに

住宅火災報知機をつけるから買ってこいと言われ、

自費で購入してきてもなかなか精算してくれない。

 

なぜ?と思ったら

倒産寸前でお金が無かったらしい。

 

どうも銀行の職員っぽい人が

週に2回も3回も来てパソコンを覗いていると思った。

 

せっかく建築の勉強をしてきたのに

全く関係の無い仕事ばかりで

社長が嘘つきという事もわかったので

1か月で逃げる様に退社。

 

せめて働いた分のお金は払おうよね~。

 

雇われているこっちが

社会保険労務士法人田畑事務所さんに

相談に行くようじゃダメでしょ?

 

というのが専門学校を卒業した春の出来事でした。

 

つづく

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です